たとえば、オレンジ色を愛おしいと思ったとき(3/6)
「良く見つけたな。なかなか売ってないだろ?」
「んー、いや、近所の煙草屋に売ってた。あたしさ、このデザインが気に入ってて、春杜が吸ってるの見て気になってたんだよ」

 なんとなく、懐かしいと感じた香りが、一果の唇に銜えられた煙草のオレンジの脈動とともに漂ってきた。
 その懐かしいという感覚はやがて”愛おしさ”に変わってゆき、そして、

 ”衝動”に駆られる。

 その”衝動”を察知したかのように再び一果の手が伸びてくる。
 手には煙草を一本だけを突き出させた煙草の箱。

「吸いたいんだろ?」

 オレンジに照らされた一果の笑顔。

「一本だけな」

 と、煙草を受け取り、銜える。
 一果に目でオレンジを促す。

 すると、一果の唇の先のオレンジが不意に俺の顔に近付いてきた。
 俺は驚いて、銜えた煙草を一瞬退いた。
 しかし、一果の唇の先のオレンジは俺を決して逃がすことはなく、一果の唇の先のオレンジは、俺の唇の先にも灯された。

 一果は目を閉じていた。俺もやがて自然に目を閉じた。
 お互いの呼吸に合わせて脈動するオレンジは瞼の裏からも見えるような気がした。

 やがてお互いが目を開けるとさっきまで1つだったオレンジが2つに別れた。
 そして一果は微笑みとともにいたずらっぽく言う。

「か・ん・せ・つ・キ・ッ・ス」
「馬鹿。あぶねえよ」

 全く雰囲気の違う言葉を交わして俺は視線を川面に向けた。川沿いの道路を走る車のヘッドライトが川面を滑っていた。

 一果の視線が気になる。けど、一果の方へ振り向けない。川面のヘッドライトを見ているのだろうか? 気にはなっても振り向けない。
 次第に顔が紅潮する感覚。肌寒い風を感じさせないほど熱くなる。一果はどうなんだろう? そんなことも考える。でも振り向けない。

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